エッセイ修行中。自由文「門限2」
2019/8/19 18:48

前述した門限の話。

こういう話をすると、たいがい
「ホントに行きたいならどうにか出来る説」
「そんな旦那とは別れちゃえ説」が出てくる。

限界、すなわち門限を作ってるのは自分であり、それを手放す勇気も必要だ、と。

ふ。

ホントに行きたいなら
→ 年に何回かは出てきます、そういう機会。確かにその時は、全力で行くことに注力してる。
だからこそ、「行った方がいいよねー」くらいだと、ムリしようとしない。→ 行きたい気持ちが生半可、って事。←まさに、行けたら行きます、なのでちょっとした困難があると挫ける。

旦那と別れちゃえ
→ そういうことになったら、そうします。
でも、そういうことに至ってないなら、その引き金を引く時、それは今…ではないって事。

そして。
ドタキャンは失礼なので、
ドタ参表明にしておく。
どっちも失礼だけどね。

有り体に言えば、家庭を優先したいので。

こどもも受験期だしさー
親もトシだしさー、
って事で、お許し下さいませ、的な。

独身者からすると、はぁ?ふざけんなよ的な甘っちょろい言い訳に過ぎないんだが。

コレでも主婦なんでーというと
それ以上は突っ込まれない。安置、放置して頂ける。
自由にやれてる家庭持ちからはお気の毒ね光線と、私はお先のステージにいかせてもらうわオホホビームを浴びることにはなるが、

自らが選択した門限というカード。
ジョーカーとセットで捨ててもいい時期が来るまでは、有効に使うよ。

この話、ホントに伝えたい人には伝わらない。
わかって欲しい人には分かってもらえない。
どんなに伝えても、先方のスタンスは変わらないし、理解もして貰えない。

伝えたい、分かって欲しいと思うことが、
○○して貰えない
○○して欲しい
という言葉になってる事がそもそも
相手に変化を求めてるという、他者だのみ。


自分で決めた時間に帰りたいので、欠席します。

シンプルにそういうことなだけ、だ。

人のせいにするなってこと。

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